「試みの地平線 伝説復活編」うじうじ悩むな、小僧ども。ソープへ行け!

「試みの地平線 伝説復活編」(北方 謙三)を読んだ。

試みの地平線 伝説復活編(北方 謙三)

女性で知っている人は多くないだろうが、「試みの地平線」を知らない男は少ないだろう。若者向けの情報誌「ホットドッグ・プレス」で掲載されていた作家・北方謙三の人生相談だ。

僕は10代の頃、読んでいたのだが、調べてみると1986年から2002年まで16年間連載していたということなので、10年ほど前まで続いていたようだ。

今回読んだ「試みの地平線 伝説復活編」は、「ホットドッグ・プレス」に連載していた全395回に加え、「週刊現代」2005年4月9日号、9月3日号に掲載された「試みの地平線・中年版」「ミドル編」の中から抜粋されたものだ。

ソープランドに行け

この本は、17歳の高校生の悩み「初体験をスムーズにすませる方法は?」からスタートする。
高校に入学してから2人の女の子とつきあったけど、いまだにやったことがない。いざやろうと思っても、行動にならないで終わる。どうすればスムーズにできるか、教えてください。
という、実に高校生らしい悩みだ。それに対する北方先生の回答がこちら。

筆下ろしはベテランとやったほうがいい、と俺は思う。知り合いの人妻だったら最高だが、その可能性はほとんどないだろう。ではどうするか?

当時「試みの地平線」を読んでいた人、お待たせしました。

ソープランドに行け。

これです。
懐かしいですね。

ソープランドのお姐さんに「俺は童貞だ。セックスというものを知りたいから教えてほしい」と言ってみろ。
とにかく今は、セックスができたという実績が大事なのだ。それで自信もつく。そのあとで、十七歳の女の子をくどいてみても遅くはない。いや、その方が適当だろう。

当時、読んでいた時は「真剣に悩んでいるのに、なんて回答をするんだ、このオッサンは?! 」と思ったものだが、今読んでみると、なんとなくわかる。

「口臭と体臭がひどくて悩んでいる」という相談に対しては・・・

越前に永平寺という禅寺がある。そこに行って、三年間修行をしてこい。肉も、魚も食えない。もちろん、女もいない。毎朝三時に起きて拭き掃除。あとは、ひたすら座禅を組み、あらゆる煩悩から脱却し、悟りを開く。そこで三年修行をすれば、口臭や体臭なんて絶対にきにならなくなる。

という「んな、アホな」という回答をする。そして、「それが嫌なら、もう少し図太くなって考えろ」としたうえで。

とりあえず、ソープに行ってみろ。ソープ嬢に「クセェ」と言われたら、「これが俺の臭いだ」と言ってやれ。
そういう言い方に慣れることが、おまえにはまず必要だ。そして、彼女ができたら、同じ言葉を言ってやれ。
悩みというのは、開き直って図太くなった奴のほうが勝ちだ。臭い男の人生を見せてやる、というぐらいに開き直って腰をドカンと据えていれば、臭いだって存在感になってくるものさ。

またソープか? と思うかもしれないが、重要なのはそこではない。
「悩みというのは、開き直って図太くなった奴のほうが勝ちだ」
ここだろう。
きっと「うじうじ悩むな」これを言いたかったのだろうと、20年以上経って、ようやくわかった。

童貞なんて、濡れたシャツみたいなもんだ

北方先生の助言通り、本当にソープに行った23歳からは「ソープに行ったが立たなかった」という悩みが寄せられる。
「童貞で北方先生の助言通りソープに行ったが立たなかった。緊張のせいだと思い、2回、3回と行ったが、やっぱりダメでした。」

二、三回行ってダメだったら、四回、五回と行く。それしか方法はない。ただし、一つだけ助言しておく。気に入った女の子がいたら、その子のところに通え。そして、「僕は童貞です。どうしても君で童貞を捨てたいんです」と、お願いしろ。そうしたら、きっとなんとかしてくれるさ。

そして、童貞について、こう語る。

童貞なんてものは、濡れたシャツみたいなもんだ。着心地が悪いんだから、早く脱いで乾いたシャツに着替えたほうがいい。恥ずかしがらずに、自分の弱みを全部しゃべる。その方法でやってみろ。

童貞なんてその程度のことだ。うじうじ悩むな。きっと、これが言いたかったのだろう。

そして、1時間くらいセックスをしてもイクことができないという「彼女とのSEXではイクことができない」という悩みでは、「可哀相な反面、羨ましくもある。一時間も平気でやっていられる。俺ぐらいの歳になればそういうこともあるが、ほとんどの小僧どもには羨ましくて仕方がないはずだ」としたうえで、オドロキのアドバイスをする。

これを武器にして、SEXの鬼になれ。

えっ?!
これだけ見ると、何を言い出す? と思ってしまうかもしれない。この後、さらに「一時間できるということは大変な武器なんだから、次から次へと女とやって、女がおまえから離れられないと言ったら、ヒモになればいいさ」という話になっていく。
でも、本当に言いたいのは、最後のここだろう。

それぐらいの性的能力があるんだと、自分に自信を持て。そうすれば、おのずと悩みも消えるさ。

考えようによれば、短所も長所だ。もっと自信を持てばいい。
きっと、そのように伝えたかったのではないかと思った。
格好いい。

「親友の作り方を教えて欲しい」という18歳の相談「友達は結構いるほうだが、本当の友達、親友を作りたい。自分が本当に窮地に立たされた時、相談できる人が親友だと思う。本当の友達の作り方を教えてください」には、こんな回答をしていた。

人に友情を求めるんじゃない。友情を示すのは、自分だ。示さなきゃいけない時に示せる男であるかどうか。それが大事なんだ。這いつくばっている友達に手を差し伸ばせば、自分も這いつくばってしまうかもしれない。でも、そういうことまできちんとできる自分がいるのかどうか。大事なのは、そこなんだ。
友情を発するのは、いつも自分だ。相手が発するものを受け取って、それを友情だと思ったら大間違いだ。それだえわかっていれば、友情で悩むことはないし、やがていい友達もできるだろう。

こんな格好いい回答があるのか。
そこで、ふと気になった。
僕らに「小僧ども」と言って、相談に答えてくれていたあの時、北方謙三はいくつくらいだったのか?
調べてみると「1947年10月26日生まれ」だった。
あの頃の北方謙三は、今の自分と同じくらいの歳だったのだ。

今の自分が悩める10代、20代の若者に「いいか、小僧ども」と言って、こんなアドバイスができるのか?
この本にはコラムもいくつか載っている。そのうちの一つに「友よ君は」がある。
「小僧ども、よく聞け」から始まる。
俺はいい男である。女にももてる。日本に数台という車を持っているし、別荘も持っている。と続き「そういう俺に、おまえら、勝てるのか?」と来る。おそらく連載当時、反論も寄せられていたのだろう。「俺の回答が傲慢だとか一方的すぎるとか文句が多いが、おまえらは黙って俺の言うことを聞いてろ。文句を言うのは、二十年早い。」と書かれている。これを読んで「何を!」と思う人もいただろう。でも、最後にこう続く。

おまえらには、俺にないものがひとつある。若さだ。それを生かそうとしないおまえらを見ていると、なんともくやしくて、俺は怒鳴りたくなってしまうのだ。若さは、愚かさと同義だ。しかし、純粋なのだ。一途なのだ。俺が自分の全財産をはたいても買えないそれを、おまえらは持っている。
わかるか、俺の言っていることが。生きて、生ききって、ズタズタになり、どうにもならなくなってから、悩め。それまでは鼻の穴をふくらませて突っ走れ。

今の自分には、その「若さ」すら、失ってしまったと思った。

何を言ってるんだ?

こんな格好いい北方謙三だが、中には「何を言ってるんだ?」みたいな回答もある。

13歳の中学生からの相談。
付き合って3ヵ月になる彼女に「付き合ってもう長いから、一発やらないか」と言って、童貞を捨てました。ところが次の日、彼女に「もう一発」と言ったら「もう別れよう」と言われてしまいました。その日からオナニー1日5回が基本になってしまいました。どうしたらいいのでしょうか?

いきなり「ふざけるんじゃねぇぞ!」から始まる。
彼女のことを好きか嫌いかとかではなく、性欲に振り回されているだけじゃないか、と。これからもっともっと性欲に振り回されるだろう。そんなことでは、女をどんな目にあわせるかわかりはしない。そして・・・

頭をまるめろ。髪の毛を剃って、墨染を着ろ。墨染というのは、修行僧が着る衣のことだ。そして一日五時間は座禅を組んで、無我の境地に入れ。少なくとも三カ月は、オナニーも禁止だ。おそらく、夢精をするだろう。その時は、夢精をしたことを反省して、また座禅を組む。そういうことを繰り返して、ある程度性欲を制御できるようになったら、オナニーをすることを許可する。

「三ヵ月間、非常にストイックな生活を自分に課してみろ。それから、もう一回、男と女とは何かということを自分なりに考えてみろ。さもなければ、おまえは一生性欲の虜だ。」ということだが、最初は、何を言ってるんだ? と思った。

一方、「女のアソコは気持ち悪いです」という悩みを持つ17歳もいる。
「1つ年下の彼女の裸を見ても興奮しなかった僕は異常なのでしょうか」という相談に対して「女のあそこがきれいだと思えるまでには十年はかかる」という回答をする。
ここまではよい。その次に、童貞の読者に贈った言葉に「え?」となった。

「腿尻三年胸八年」

何を言ってるんだ? と思ったが、こういうことらしい。

女の子に厭がられずに、さりげなく腿や尻に触るのに三年かかる。胸まで行くには八年はかかるという意味だ。その伝でいけば、あそこにむしゃぶりついて、あそこから出る汁をがぶがぶ飲みながら、いいなあと思えるまでは十年かかるのである。

やっぱり、何を言ってるんだ?

性癖と、愛撫と、必殺技と

「彼女の下着を盗んでしまった!」という高校三年生からの「彼女の部屋でタンスからパンツを盗んでしまった。彼女にパンツをうまく返すにはどうしたらいいか?」という相談では、性癖を赤裸々に語られる。

ちなみに俺は、女の子のあそこのヘアを集めるのが好きだ。グッと掴んで、ギュッと引っ張ると、指の間に二本か三本ひっかかってくる。で、その女が帰った後で、それをジッと見つめて、こういうヘアを持っている女はどういう性格なのか、分析する趣味がある。これだって、正常とは言えないだろう。だけども、俺の存在全体を見て、異常とは決めつけられないはずだ。つまり、誰にでも、何かしらヘンな傾向はあるんだから、君もあまり悩まずに、彼女に平気で告白すればいいんじゃないかな。
俺は女のヘアがいちばん好きだ。だからこれはもらっておくぜ、と言って、ギュッとひっぱっている。すると、それは逆に明るい行為になる。君も、少し明るい行為、ちょっと冗談っぽい行為にしてみたらどうだろうか?

何を言ってるんだ?

「ヒゲの役割って何なのでしょう?」という18歳大学生からはこんな相談を受ける。
ヒゲを生やすことに憧れていて、鼻の下にうすいヒゲを伸ばしている。北方さんもヒゲをたくわえているけど、北方さんにとってヒゲの役割、ヒゲの価値観を教えて欲しい。

よくわからん質問だな、と思ったのだが、その回答がさらに上をいく。

口髭----これは具体的な武器だ。愛撫の時の武器である。

は?
「ある程度伸びてくると、刷毛と同じような役割を果たす。つまり唇に刷毛がついている感じで愛撫ができるのだ」と続き、この後、具体的な使い方が紹介され・・・

すごい愛撫の武器なのである。その程度の価値観しかないね、髭には。刷毛の効用----その程度の気分で髭は伸ばせばいいわけであって、男性を誇示しようなんてつもりで伸ばした髭はいやらしいだけだぜ。価値観なぞ考えずに、どのくらいの長さが女に効くか研究でもした方がいいなじゃないかね。

何を言ってるんだ?

詳しいことは省略するが、「北方流の女の喜ばせ方を教えてください」という相談では、必殺技も紹介されていた。

必殺恥骨ゆさぶり

何を言ってるんだ?

行ったことがないから・・・

そして、一番驚かされたのが、これだ。

「試みの地平線」と言えば「ソープに行け」と言われ、Googleで「試みの地平線」で検索しようとすると、サジェスト機能で「試みの地平線 名言」の次に「試みの地平線 ソープへ行け」と表示されるくらい、小僧どもに「ソープへ行け」とアドバイスしている北方先生だ。

それが「金津園のソープ嬢にほれてしまいました」という20歳の専門学校生の相談で、こんな回答をする。

俺自身はソープランドに行ったことがないから、その意味でのプロの女とは縁がないが、それでも今までに、本当に惚れ込んだ女は何人もいた。

えっ?
ソープに行ったことがなければ「ソープへ行け」とアドバイスできないってわけじゃないんだけど、でも、でも・・・

それを知ったうえで「下のビョーキで悩んでます」という19歳の相談を読むと、大丈夫か?と不安になる。
相談内容は「誘えばついてくる、と評判の女の子とセックスしました。1回だけで、それ以降会うこともないんですが、どうもあのときから、オチンチンがむずがゆいんです。リン病かと心配しましたが、それほど痛くもないから、そうじゃないと思います。でも朝起きると、あそこからウミが出ています。医者に行ったほうがいいのでしょうか。それともこのまま放っておいても大丈夫でしょうか?」という「大丈夫なわけないだろが! さっさと病院に行けや!」みたいな話だ。

それに対する回答だが、まず「非淋菌性尿道炎だな。尿道が炎症を起こした場合、淋病と非淋菌性尿道炎の二つが考えられる。淋病は耐えがたい。パンツは真っ黒になるし・・・」という、診断が始まり、治療法が紹介される。そして・・・

何故、俺がこんなに詳しいかと言えば、だ。淋病二回、非淋菌性尿道炎三回やったからだ。知ったかぶりをするくらいの権利はあると思う。一度など、北海道小樽の逓信病院で尿道にいきなり金属棒をぶち込まれた。すごい荒っぽいやり方だが、この時は、病気ではなかったのだから、頭にくる。

これだけでも、十分「何を言ってるんだ?」といった感じだが、さらに・・・

最後に、おまじないを教えておこう。相手の女が病気に罹っているかどうかを調べる方法を、経験則からあみ出した。それは女の子のお尻を触ってみて、冷たければ大丈夫と判断するものだ。これはあくまでもおまじないだから、やはりスキンに頼る方が安全だろう。まあしかし、お互い、エイズや梅毒には気をつけようぜ。

お尻を触って、冷たければ大丈夫って、なんなんだ?
最後に「お互い、エイズや梅毒には気をつけようぜ」がなんとなく格好いいけど、何を言ってるんだ?
まぁ、当時は大らかな時代だったんだなと思った。

日活ロマンポルノかよ!

「独りぼっちで淋しい----」という24歳の社会人の相談に対する回答にも、時代を感じさせられた。
20年間住みつづけた東京を離れて松山へ転勤し、8ヵ月過ぎた。しかし、松山に住んでいるという生活が希薄で、プライベートな知り合いもあまりいない。この独りぼっちの感覚をどうするべきか。という内容だが、いきなり「女をつくれ。最初はブスでもいいから我慢して女をつくれ。女をつくって、その女がときどき部屋に来てさ、掃除をしてくれるとかいう生活になれば、松山に住んでいるという存在感のようなものも出てくるよ。松山の女をつくれ」から始まり、どうやって女をつくるか具体的な方法が提案される。そして・・・

たしかに、独りで生きることの孤独感は怖い。基本的には誰も、独りで生きてるわけだけども、例えば俺が孤独感に襲われた時に何を思い浮かべるか。家族を思い浮かべる。あるいは、かつてすごく惚れた女を思い浮かべる。孤独を癒やす拠りどころみたいなものを思い浮かべたりする。それは怖いからだ。でも、それでも、みんな生きているのだ。もし本当に危なそうだったら、下宿でもしたらどうだ。もちろんその場合は、未亡人下宿にするんだぜ。
せいぜい頑張りたまえ。

未亡人下宿って、日活ロマンポルノかよ!

「いまは、男が一生懸命貯金して、一年前から十二月二十四日の夜のホテルを予約する時代だ」とか読んでいると、そんな時代もあったなぁ・・・と、懐かしくなった。

中年になってからの「試みの地平線」

当時の小僧どもも、今は立派な中年になった。
中年になっても悩みはなくならず、相談内容も中年ならではのものになっていた。

「妻に何度バレても浮気がやめられない」という結婚5年目、35歳のサラリーマンの悩み。
「結婚して何度も浮気をするが、ワキが甘く、必ずバレる。妻からは「あなたはビョーキだ。病院に行け!」と罵られるが、私はビョーキなのでしょうか」という、お前は一体どうしたいねん?という内容だ。

北方先生曰く、必ず女房にバレてしまうというのは、ワキが甘いわけでも何でもない。バラしたいと思っているからだ。女房に浮気がバレること自体が快感なんだ。「今度やったら離婚よ」と言われて、虐められたいだけなんだよ。そして、アドバイスがこちら。

要するに、おまえはただのMだ。だから病院に行く必要はない。SMクラブに行け。SMクラブに行って、女王様に思う存分に虐めてもらえ。
それがおまえの欲求を満足させつつ、家庭崩壊を防ぐための唯一の方法だ。

えっ?
SMクラブに行けば、それで解決するのか?

「教育に執着する妻にブレーキをかけたい」という、妻36歳、長男小学5年、長女小学2年の39歳の悩みに対しては、いきなり「おまえら夫婦はセックスレスに違いない」から始まる。そして・・・

週に三回、女房を抱け。子供だって週三回塾に通っているんだろ。だったら、どんなに大変でも週三回は女房を抱け。そうしているうちに、女房も、だんだんと「もう子供のことなんてどうでもいいわ」と思うようになっていくはずだ。

なんだか、回答が適当になってきているような気がするのは、僕だけか?

そして「チャットでの疑似恋愛は妻に対する裏切りですか」という40歳の相談。
出会い系サイトのチャットで26歳の女の子とラブレターのようなメールの交換をやり取りしている。でも妻を愛しているので、彼女には会おうとは思っていない。あくまで疑似恋愛を楽しむつもりだが、これも妻に対する裏切りになるのか? という、どうでもいいような質問に対して・・・

四十歳になって、おまえは一度も不倫をしたことがないのか。普通なら、十回ぐらいは女房以外の女を抱いているものだ。ただし、それは裏切りではない。夫婦の間では、どんなに不倫をしようが相手にバレなければ裏切りではないんだ。そんなこともわからないような四十歳だったら、これはもうどうしようもない。もう一回、青春をやり直す必要がある。

普通ならって、本当に?
そして、40歳の中年にも、伝家の宝刀を抜く。

ソープに行け。ソープに行って、罪の意識をいっぱい背負ってこい。「ほかの女とカネでやってしまった」。そういう罪の意識をいっぱい背負おうと、いまよりも女房にやさしくなれるはずだ。そうすれば、夫婦関係も円満にいく。つまり、裏切りこそが夫婦円満の源なんだ。わかったか!

さらに「キャバクラ嬢に恋をしてしまった」という38歳の相談に対しても・・・

ソープに行け。キャバクラ通いに月二十万円遣っているのならば、それをそっくりそのままソープに費やせ。それだけあれば、結構高級な店で若くていい女とやれるはずだ。二ヵ月間、四十万円遣って、十人の女とやってみろ。その間、キャバクラには一切行くな。そして、二ヶ月後、そのキャバクラに行き、その子がどういうふうに見えるか試してみろ。それでおまえの本当の気持ちがわかるはずだ。
もう一度言う。ソープに行け!

あと10年、20年経つと、「なるほど、こういうことが言いたかったのか・・・」と、理解できるのかもしれない。

試みの地平線

地平線をめざすのは、愚かなことなのだろうか。地平線のむこうは、さらにまた地平線がある。行きつく果てなき旅。それが人生だと断言するほど、俺は年齢を重ねてはいない。ただ立ち止まり砂に埋もれるより、歩くことの方に意味があると思っているだけだ。

だから友よ。一度は地平線をめざして歩いてみようではないか。ひたすら歩くことで、男ははじめて自分の姿を知る。大きくもなれる。埋もれる前に、一歩を踏み出せ。俺は二歩、いや三歩、君たちよりさきを歩いている。そしてその分だけ、男には決して行き着くことのない地平線が必要なのだ、ということも知っている。

今の僕には、二歩、三歩さきを歩いている北方先生の考えがよくわからなかった。
また20年後に読むと、今とは違って見えるのかもしれない。